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沼の底は薔薇色

しがないジャニオタの雑感・妄想・萌えの記録

ジャニヲタってなんだろう?と思うとき、ない?私はある。

ジャニストちゃんとの馴れ初めも語らないうちから何言ってんだって感じですが、ちょっと色々考えることがあったので自分の気持ちの整理と、記録の為につまんない話をします。

 

ジャニヲタさんのツイッターやらブログを拝見していると、たまに、ジャニヲタってなんだろう?と思うとき、ないですか?悪い意味じゃないですよ。単純なというか純粋な疑問です。

 これは完全に私の勝手な考えですが、ジャニヲタって他のオタクとはどこか違うというか、ジャニヲタならでは、とかジャニヲタにしかわからない、みたいな謎のクローズド感?みたいなのあるじゃないですか。いや、それはどこのオタクも同じなんでしょうけど…。でも個人的には、ジャニーズとか、宝塚のファンコミュニティは、そういった、うまく言えない”クローズド感”みたいなものが強いように思います。

 なんでこんな意味わからん話をしているかというと、小難しそうな切り出し方の割に言いたいことはもっと単純で下らないんですが、いわゆる”ジャニヲタあるある”でよく挙がる事例が、自分にはあまり当てはまらないな~ということがたまにあり、そういうのを目の当たりにすると、なんか自分ってジャニヲタとして薄くない…?みたいな謎のもの悲しさに襲われるのです(笑)

 

例えば、今回の記事を書くキッカケにもなった、今も昔もよく目にするいわゆる「担降り」問題について。

たびたび目にして私が驚くばかりなのは、「担降りとは、ジャニヲタにとって一大イベントだ」とか、「かなり悩んで担当を降りることにした」といったような、本当に悩んで悩んで悩みぬいた末に「担当を降りる」という行為が行われていることです。というのも、私にはその経験がないから。担降りしたことがないという意味ではないですよ(笑)事実、5年前までは嵐が好きで今はジャニストちゃんですからね!

なので、担降りの経験を熱く、時につらそうに語るジャニヲタさんを見ると、語弊があるかもしれないけど、なんだか輝いて見えるんです。いいなぁ、”ジャニヲタ”してるな、可愛いな、真剣に担当のことを想っているな…様々な羨望の感情が浮かんできます。でもそこでふと、担当が変わるという経験はしているのに、担降りであまり悩んだことがない私って…?という感情に襲われます。

もちろん、真剣に応援してきたつもりですし、色々な思いや出会いや経験を経て、今があります。好きだった気持ちにはプライドを持っているし、持ち続けたいけど、この手の話を目にした時にふと不安というか、虚無感で一杯になる時があります。私の”好き”って、なんだったんだろう。

人それぞれに応援の仕方やスタンスは違っていて、それが正解だし、他人と比べることではないんだろうというのは、頭ではわかっています。それでも、「担降り」に限らず、いわゆる”ジャニヲタあるある”が自分に当てはまらない時、なんか私ってジャニヲタとして薄いな…と思う気持ちが止められないこともまた事実です。だからどうとか、どうしたらいいとか、そういう答えを求めているわけではなくて、ただありのままの思いを書きたくなっただけなんですけど(笑)

これだけかけて語っておいて、自分が言いたいことの1割も伝えられていない気しかしないけど、とりあえずは以上が、ジャニヲタってなんだろう、むしろ自分はジャニヲタといえるのだろうか、と考え込んでしまう瞬間についての雑感でした。(一般的な方からしたら、そらもうバリバリのジャニヲタで間違いないんですがw)

アイドルを応援するという事について、別ベクトル(?)から考えることがあったのでその話もしたかったのですが、明るい話題でもないし、すでに文字数が1,500を超えていて自分でも引いたので終わります☆また機会があれば書きたいです。